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札幌高等裁判所 昭和44年(う)242号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁鋼五月に処する。

本裁判確定の目から二年間右刑の執行を猶予する。

理由

〈前略〉

所論は、要するに、原判決が被告人を禁錮五月の実刑に処したのは、その量刑量きに過ぎるものであるから、これを破棄したうえ、罰金刑に処せられたい、というのである。

そこで考えるに、本件は、深夜(午後一一時ごろ)、小樽市薗島町の国道五号線(幅員13.2メートル)を余市方向から小樽方向に向け時速六〇キロメートルで進行中の被告人が、幅員六メートルの道路との交差点にさしかかつた際、乗客を下ろすため右交差点の小樽寄り側端の横断歩道上で一時停車中のタクシーに注意を奪われ、右タクシーの前照灯の光のためその背後付近が見えにくい状態にあつたに拘らず、前方への注意を怠り、漫然同一速度で進行した結果、右タクシーの背後から、右横断歩道側端付近右側から左側に酒に酔つて横断中の被害者に自車を激突させ、同人を死亡させたという事案である。そして、右のように、交差点に接着する横断歩道付近を、前方注視が十分できない状態でありながら、制限時速いつぱいの時速六〇キロという高速度で進行した過失は、当時の時刻を考慮にいれても、きわめて危険なものであつて所論のように軽視し難いだけでなく、かけがえのない人命を失わせた結果の重大性をも考慮すると、原判決が被告人を禁錮刑の実刑に処したのもあながちその量刑重きに失するとも断じ難い。しかしながら、記録ならびに当審事実調の結果によると、本件における被告人の過失は、もとより弁解の余地のないものではあるが、一瞬前方に停車中のタクシーの存在に気を奪われて他に対する心くばりが些かおろそかになつた際に、偶々被害者が横断歩道付近とは言え、深夜酩酊して、停車中のタクシーの背後から突然横断を開始して被告人の進路上に姿を現わしたことにより惹超された不幸な事案であり、本件については、すでに被害者の遺族との間で、金八〇〇万円による示談が成立し現在では遺族も被告人のため寛大な処分を希望していること、被告人は、余市町郵便局勤務の国家公務員として、まじめに勤務してきた者であつて、すでに在職二〇年に達し、その間ただ一回の道路交通法違反のほか何らの前科前歴を有しないこと、等の事実も認められるのであつて、これらの被告人に有利な情状をも総合して考察すると、本件につき、被告人をただちに実刑に処するのは、やや酷に失し、むしろ今回に限りその執行を猶予するのが相当であると認められる。してみると、これと異り、本件につき被告人を禁錮五月の実刑に処した原判決は、その量刑重きに失し、破棄を免れない。論旨は、右の限度で理由がある。(なお、所論は、被告人を罰金刑に処せられたいと言うのである。たしかに、所論の指摘するとおり、国家公務員が執行猶予付きとは言え、禁錮以上の刑に処せられた場合は、その罪種、犯情のいかんを問わず、一律に官職を失い、さらには、退職金や年金の受給資格すら失うことになるのであつて、このように刑罰以外の面で、あるいは刑罰以上とも言うべき著しい苦痛を受けることになる者については、その刑種選択にあたり、この観点からも、慎重な配慮が必要であることもちろんであるが、本件については、右の点を含め前記被告人に有利な情状をすべて参酌しても前記過失の態様および結果の重大性に鑑み、責任主義の立場から、罰金刑の選択は許されないと言わざるを得ない。)

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により、ただちにつぎのとおり自判する。

原判決が適法に確定した事実に法律を適用すると、被告人の判示所為は、刑法二一一条に該当するので所定刑中禁錮刑を選択したうえ所定刑期の範囲内で、被告人を禁錮五月に処し、前記の情状に鑑み同法二五条一項を適用して、本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予し、刑事訴訟法一八一条一項但書により、原審における訴訟費用は、すべて被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。(深谷真也 小林充 木谷明)

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